大阪高等裁判所 昭和27年(ラ)70号 決定 1952年12月13日
抗告人 矢田時子
右代理人弁護士 関豊馬
主文
本件抗告は之を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告申立の要旨は末尾添付の書面記載のとおりである。
第一点(末尾添付抗告状抗告理由欄記載の分)については、抗告人は被相続人矢田正は昭和二十六年十二月十三日死亡したのに拘らず、○○市長が右矢田正は同月十七日死亡した旨の寄留記載事項証明書を作成したのは同市長の過失で、之による責任は抗告人に帰せらるべきではないと主張するけれどもかかる誤記の発生した原因は未だ判然せぬが、寧ろ、かかる誤記ある証明書をそのまま所論司法書士に交付して手続を依頼した抗告人の実父村上次郎に落度があつたと言えぬであろうか、又抗告人は右司法書士に過失があるので抗告人の責に帰すべきでないと主張する。しかし右村上次郎も、司法書士も共に抗告人が本件申立についてその補助者として使用したものであること記録上明かであり、従て同人等の過失は抗告人自身において責任を負うべきであつて、到底之を不可抗力による期間徒過とも認められぬから、抗告人は○○市長乃至司法書士の過失に藉口して責任を免れることはできぬ。よつて抗告人の右主張は理由がない。
第二点(補充申立書記載の分)及び第三点(補充申立書第二記載の分)については、本件申立は抗告人自ら之をなしたものであつて所論司法書士が抗告人を代理して之をなしたものではないこと、却つて右司法書士は単に本件申立の書面作成並に提出について申立人たる抗告人の補助をしたものに過ぎないことが本件申立書その他本件記録に徴し明かである。抗告人主張の理由を以てしても未だ同司法書士が本件申立につき抗告人の代理人だとすることはできない。従つて本件申立が右司法書士において抗告人を代理して之をなしたものであることを前提とする所論はすべてその理由がないから、之を採用することができない。なお原審には他に何等の瑕疵がないから本件抗告はその理由がないものと認め之を棄却すべく主文のとおり決定する。
抗告状
本籍 新潟市○町通○番地○○○番 矢田正同籍
住所 大阪府○○市大字○○○○○○○番 矢田春子方
抗告人 矢田時子
大阪市○○○区○○○西○丁目○○番地
訴訟代理人弁護士 関豊馬
大阪家庭裁判所昭和二七年(家)第一〇六八号相続抛棄承認の期間伸長申立事件に対する抗告
原審判の表示
本籍 新潟市○町通○番町○○○番地 矢田正同籍
住所 大阪府○○市大字○○○○○○○番地 矢田春子方
申立人 矢田時子
昭和四年○月○○日生
本籍及び最後の住所右に同じ
被相続人 矢田正
明治十九年○月○日生
上記申立事件に付いて当裁判所は次の通り審判する。
主文
本件抗告を却下する。
理 由(中略)
昭和二十七年七月四日
大阪家庭裁判所
家事審判官 五味逸郎
原審判送達年月日及び之に対し抗告を為す旨の陳述
抗告人は昭和二十七年七月七日原審判書の送達を受けたるも全部不服であるから茲に抗告を為すものである。
抗告の理由
一、抗告人が大阪高等裁判所構内の司法書士に被相続人矢田正の相続抛棄する旨を家庭裁判所に申述する手続を依頼したのは昭和二十七年三月十二日であります。
二、司法書士は即日手続を為したならば法定期間内に適法有効に放棄する事が出来た筈である。然るに同司法書士は同年同月十七日に至りて之を為したものである。後日判明する所によれば○○市長作成の寄留事項証明書には被相続人矢田正の死亡日時の記載が昭和二十六年十二月十七日と記載あり同司法書士は同日より三ヶ月内なる昭和二十七年三月十五日に申述を為しても適法有効と誤信したものである。
三、抗告人は○○市長の過失従て司法書士の過失によりて放棄の申述を為す事が出来ないと云う事は如何にしても承服のできがたい所である。因て原審判を取消し申立人(抗告人)の相続放棄承認期間伸長の申立の通り期間伸長を為す旨の御決定相成たし。
昭和二十七年七月二十一日
申立代理人 関豊馬
大阪高等裁判所 御中
昭和二十七年(ラ)第七〇号抗告事件
補充申立書
抗告人 矢田時子
大阪家庭裁判所の相続抛棄の期間伸長申立事件の審判に対する抗告事件につき補充申立書を提出する。
一、抗告人は数年来胸部疾患に罹り諸所の病院に入院治療を受けたけれども未だ全治せず到底養家を相続する事は出来ませんから相続抛棄を致したいのであります。
二、抗告人は病臥中であつたから実父村上次郎に対し大阪家庭裁判所に相続抛棄申述手続を為す事を委任し印章を渡しました次郎は昭和二十七年三月十三日大阪高等裁判所構内○田司法書士に右手続を委嘱して時子のも同人に預けて帰宅しました。○田司法書士は相続抛棄申述書の作成の委嘱を受けながら同月十五日に申述の期間の伸長の申立をしましたので法定の期間経過の後の申立(不適法)として却下せられました抗告人の迷惑は一方ならぬものである。
三、通常は司法書士は本人の補助者であつて代理人にあらずと視るべきであるが本件の場合は○田は本人時子の代理人である(民法第一〇一条第一項)蓋し本人時子は○田に相続抛棄の手続を委嘱した(民法一〇一条第二項)而して印章を預けて裁判所に意思表示を為す事を委任した○田が本人時子の委嘱の通り抛棄申述書を作成裁判所に提出したと仮定したなら○田は本人の補助者か又は民法第一〇一条第二項の代理人に過ぎぬものである。然るに○田は本人の意思に拘らず○田の意思によつて期間伸長の申立をした而かも書類は本人の名義で本人の印章を押して之を裁判所に提出した○田は時子の代理人であると云はざるを得ない(民法第一〇一条第一項)此際○田が○○市長作成の寄留証明書の記載を信じ被相続人正の死亡を昭和二十六年十二月十七日従て昭和二十七年三月十五日の申立は適法と誤信した事実は其のまゝ本人時子が自己のため相続の開始した事実を知つたのが十二月十七日のことであると断定して差支ない即ち本件申立は適法で原審判は違法であります。
昭和二十七年十月十五日
抗告代理人 関豊馬
大阪高等裁判所民事第四部 御中
領収書
嘱託人 村上次郎殿
書記料額 三〇〇円
文書ノ種類 紙数
相続抛棄申述
謄本取寄せ
郵送印紙共
預り
計金三百円也
右領収候也
昭和二十七年三月十三日
大阪高等裁判所構内
大阪法務局所属
○田司法書士事務所
右正写也
昭和二十七年十二月十五日
抗告代理人 関豊馬
大阪高等裁判所民事第四部 御中
昭和二十七年(ラ)第七〇号
補充申立書(第二)
抗告人 矢田時子
大阪家庭裁判所の相続放棄の期間伸長申立事件の審判に対する抗告事件につき補充申立書を提出する。
一、昭和二十七年三月十三日被相続人死亡後三ヶ月の最終日に当るので抗告人は相続放棄をするため其手続を実父村上次郎に委嘱した。
実父は同月大阪高等裁判所構内○田司法書士に右の手続を依頼した処同司法書士は戸籍謄本が手続上必要である事同謄本を取寄る時間(本籍新潟県)は三ヶ月の期間伸長ができるとの話であつたので実父は相続放棄に必要な一切の手続を同司法書士に委任し抗告人の印章と○○市長作成にかかる寄留記載事項証明書を同司法書士に手渡したそれであるから抗告人は相続放棄は○田司法書士が適法に代理処分して呉れるものと安心していたものであります。
然るに同司法書士は○○市長作成の寄留記載事項証明書にたまたま被相続人の死亡日を昭和二十六年十二月十七日と誤記載とあるところからして全然此記載を信じた結果昭和二十七年三月十三日期間伸長の申立をせずそれから二日後の同月十五日に本件申立を大阪家庭裁判所に提出したものである。此点が本件申立が不適法として却下せられた原因である。
抗告人の委任により相続放棄に関する一切事項に代理人である○田司法書士が被相続人の死亡日が昭和二十六年十二月十三日である事実を知らず却て同年同月十七日であると誤信したものであります。
(原審判理由参照)
二、民法第九一五条第一項の法定期間は自己の為めに相続の開始のあつたことを知つたときから三ヶ月以内に云々と規定するなら三ヶ月の期限は相続の開始のあつたときから起算するものではなく之を知つたときから起算するのであります。
本件の場合抗告人は昭和二十六年十二月十三日相続の開始したことを知つている。けれども○田司法書士(相続放棄を裁判所に申述する行為の代理人)は前述の事由で同年同月十七日相続開始したと誤信した(事実上の錯誤)即ち本人と代理人との間に相続開始日(被相続人死亡日)を知つた時(民法第九一五条第一項)について相違あり此事は同条所定三ヶ月の起算日に影響する。従て放棄行為の効力に影響を及ぼすから両者孰れの意思を標準として決定するか此点について民法第一〇一条第一項に規定がある。同条の規定によれば意思の欠缺(心裡、留保、虚偽表示、錯誤)の有無は代理人につき定むべきものであつて代理人に意思の欠缺ある以上たとい本人と意思の欠缺がないときでも法律行為の効力に影響を及ぼすものであることは明かである(青木徹三博士民法判例集一〇八頁明治四五年五月三〇日東控判最近判十巻二一一頁)依て抗告人は本件期間伸長の申立は適法と信ずる。
昭和二十七年十一月二十二日
抗告代理人 関豊馬
大阪高等裁判所第四民事部 御中